大阪地方裁判所 昭和43年(行ウ)721号 判決 1969年9月25日
原告
中尾泰三
代理人
岸本五兵衛
被告
大阪府知事
左藤義詮
指定代理人
奥村五郎
外三名
主文
本件訴を却下する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一、当事者の求める裁判
(原告)
被告が昭和四三年七月六日訴外野入博に対してなした、大阪府門真市二番三〇一番地における薬局開設許可処分(許可番号第四七六八号)を取消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
との判決を求める。
(被告)
第一次申立
原告の請求を却下する。
訴訟費用は原告の負担とする、
との判決を求める。
第二次申立
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする、
との判決を求める。
第二、主張
(原告)
請求原因
(一) 原告は昭和四三年一月二三日被告から大阪府門真市二番二二九番地の三における医薬品販売業の営業許可(許可番号第八七三二号)を受け、現在同所において日之出薬店を営業している。
(二) 訴外野入博は、大阪府門真市二番三〇一番地所在の古川橋トツプセンター内において東洋薬局なる名称で薬局を開設することを企画し、被告に対し薬局開設許可を申請したところ、被告は昭和四三年七月六日これを許可(許可番号第四七六八号)した。
(三) ところで、大阪府条例第三三号「薬局等の配置の基準に関する条例」(以下単に府条例という。)第二、三条によれば、新規に薬局等の開設を許可する場合には、他の薬局等から一三〇メートル以上の距離をおくことが必要である旨規定されているのに、野入博の前記東洋薬局は原告の日之出薬店からせいぜい八〇メートル位しか離れていない。
(四) よつて、被告の野入博に対する薬局開設許可処分は、薬事法並びに府条例に違反する違法な処分であるから、これが取消を求める。
(被告)
本案前の抗弁
薬事法の委任に基づく、府条例の距離制限の規定の趣旨は、もつぱら、住民に対し適正な調剤の確保と医薬品の適正な供給を図り、薬局の地域的偏在を防止するという公益的目的による規制としてのみ是認しうるもので、既設業者が右距離制限によつて享受する利益は反射的利益にすぎない。
従つて、原告は野入博に対する被告の本件許可処分の取消を求める原告適格を有しない。
本案の答弁
請求原因事実は認める。
本案の抗弁
(一) 府条例第二条第五号によれば、「薬局開設者、一般販売業者又は薬種商が、天災、土地の収用その他これらに類する理由により、他の場所において薬局を開設しようとし、又は一般販売業若しくは薬種販売業を行なおうとするときは府条例の適用がない。」旨規定されているが、野入博は、かつて、大阪市域東区深江中一丁目二番地の三において薬局を経営していたところ、その土地が大阪府道高速大阪東大阪線の用地に指定されたため、大阪府の買収交渉に応じ右土地を任意に大阪府に売渡し、右薬局に代わる薬局開設許可を被告に申請したものであつて、野入博に対する本件許可処分は、同条項にいう「天災、土地収用その他これらに類する理由による場合」に該当する。
(二) 大阪市域東区諏訪西四丁目一三番地所在の薬局は、被告が府条例施行以前に野入博の妻である訴外野入昌子に対しその開設を許可したもので、本件許可処分と何の関係もない。
(三) 従つて、府条例第三条の規定は本件許可処分に適用されないから、原告の日之出薬店と野入博の東洋薬局の距離が一三〇メートルに満たないとしても、被告の本件処分は適法である。
(原告)
本案前の抗弁に対する答弁
(一) 薬事法並びに府条例の立法趣旨は、医薬行政の円滑な運営を図ることを目的とすると同時に、薬局開設者の最低限度の経営の安定化、合理化を図ることをもその目的としているのであつて、距離制限の規定によつて既設業者が享受する利益もまた法によつて保護された利益である。
従つて、原告は行政事件訴訟法にいう「当該処分の取消を求めるにつき法律上の利益を有する者」に該当する。
本案の抗弁に対する答弁
(一) 野入博は大阪市城東区深江中一丁目二番地の三において薬局を経営していたところ、その土地が大阪府道高速大阪東大阪の用地に指定されたため、大阪府の買収交渉に応じ右土地を大阪府に任意売却したことは認め、その余の事実は否認する。
府条例第二条第五号の趣旨は、「一連の緊急避難的見地から、新設の薬局業者が既設の薬局業者の既得権を侵害するのもまた已むをえない。」とするものであるから、本件が同条項に該当するかどうかは、これを制限的に厳格に解釈する必要がある。しかるに、野入博は数年前から、前記大阪市城東区深江中一丁目二番地の三所在の薬局が立退きを要求されることを予想し、既に昭和三九年三月二日諏訪西四丁目一三番地の二に別の薬局を建設して大々的、多角的に営業しているのであるから、同人に何ら緊急避難的な右救済を与える必要はない。
従つて、被告の野入博に対する本件許可処分は薬事法並びに府条例に違反する違法な処分である。
第三 証拠関係<省略>
理由
一本案前の抗弁について、
(一) 薬事法第五条第一項は、「薬局はその所在地の都道府県知事の許可を受けなければ開設してはならない。」と規定し、同法第六条第二項は、「その薬局の設置の場所が配置の適正を欠くと認められる場合には、右許可を与えないことができる。」と認定している。そして、同条第四項は第二項を受けて、「同条第項の配置の基準は、住民に対し適正な調剤確保と医薬品の適正な供給を図ることができるように都道府県が条例で定める。」と規定し、この委任に基づき大阪府条例第三三号「薬局等の配置の基準に関する条例」が制定され、同条例第三条第一項は、「薬局等の設置の場所の配置基準は次のとおりとする。」として同項第一、二号に「薬局等の数が、人口、交通事情、住民の調剤及び医薬品に対する需要状況等、調剤の確保と医薬品の需要に影響を与える各般の事情を考慮して、知事が定める区域ごとの数をこえない区域にあつては、他の薬局等との距離が一三〇メートル以上であること。」「薬局等の数が適正数をこえる区域にあつては、他の薬局等との距離が二六〇メートル以上あること。」と規定している。
そこで薬事法(及び同法の委任に基づく府条例)が薬局等の開設につき許可制をとり、その配置の基準を定めている趣旨について考えてみると、薬局業は、本来は何人も自由に営業しうるものであるが(憲法第二二条)、法は医薬品が国民の生命健康の保持に密接な関係を有する特殊な商品であり、その適正な調剤を確保し、医薬品の適正な供給を図ることが国民の生命健康の保持増進のため必要不可欠であるところから、公益を図る衛生行政上の見地に立つて薬局等の開設を知事の許可(一種の営業免許)にかからしめているのであつて、法の委任に基づいて府条例が規定する距離制限も、もつぱら「国民に対する適正な調剤を確保し、医薬品の適正な供給を図るため、その地域的偏在を防止して国民の便宜をはかる。」という公益的見地からの規制としてのみ是認しうるもので、既設業者が右距離制限によつて享受する営業上の利益はいわゆる反射的利益にすぎないと解すべきである。
従つて、原告は本件訴を提起する原告適格(行政事件訴訟法第九条)を有しない。
(二) なお最高裁昭和三七年一月一九日第二小法廷判決(民集一六巻一号五七頁)は公衆浴場業について、「適正な許可制度の運用によつて保護さるべき営業上の利益は、単なる事実上の反射的利益というにとどまらず、公衆浴場法によつて保護せられる法的利益と解するを相当とする。」と判断しているが、公衆浴場業の場合はその事業設備に多額の資本投下を要し、しかも一たび完成した設備は他の目的に転用するのが困難であり、また、物価統制令、公衆入浴料金の統制額の指定等に関する省令(昭和三二年厚生省令第三八号)によつて入浴料金が統制されている等の理由から、自由競争を放任した場合には、浴場の濫立によりその経営が経済的に困難となり衛生設備の低下をきたす等、国民生活に好ましくない影響を及ぼすおそれがあるので、国民保健及び環境衛生を確保すると同時に、既設業者の営業上の利益を法的に保護することもまた、憲法第二二条にいう「公共の福祉」の内容として是認されるけれども、薬局業の場合はこれと異り薬局構造設備規則(昭和三六年厚生省令第二号)によつて薬局の構造設備に一定の基準が要求されているといつても、その基準の達成、保持にはそれほど多くの資本を必要とせず、薬局設備を他の目的に転用することもさほど困難なものではなく、医薬品の調剤販売についての価格統制はなく、自由競争の放任により業者が濫立しても、利潤の低下により医薬品のの性状品質が低下して国民生活に重大な影響を及ぼすことは通常考えられないから、右の判例を本件に適用するのは相当でない。
二、よつて、本件訴は訴訟要件を欠く不適法なものであるからこれを却下することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。(井上三郎 藤井俊彦 小杉丈夫)